みんなのブログ

2022/6/27

2022.06.27. Festa Juninaでビオダンサ(元運営委員:内田佳子)

昨日、真夏日の東海大学キャンパスで、学生有志のグループBeijo-Me-Liga主催のブラジル北東部の伝統的なお祭り「フェスタジュニーナ」が開催されました。

Beijo-Me-Ligaのみなさんが紡ぎ出す場のすばらしさは、ふとした瞬間にも垣間見えます。

お昼休みは緑涼しげな屋外の談話スペースで、ブラジルのソウルフードがふるまわれました。食べ始めている人たちもいれば、並ぶのも忘れておしゃべりに興じている人たちも。暑い中、延々と、給仕してくれるスタッフのみんな。すでに食べ終わった人たちの中からは、ギターが鳴り出して歌が始まる。そこに加わる人たちもいれば、一瞬振り向くけどそのままま語らいに戻っていく人たちも。それぞれが、なんてことない、かけがえのないそのときを過ごしていて、ゆるやかにつながっていて。

フェスタには岐阜や茨城のブラジル人学校のみなさんをはじめ、日本各地からたくさんの方たちが、また世界各地からの留学生も参加しました。これだけ大規模のイベントは、おそらくBeijoも久しぶりで、ただでさえロジを回すのにひと苦労だろうに、朝からの猛暑で、各プログラムの会場をキャンパス内のどこで行うか、刻一刻と変更が起きていく中、機材の運搬やら各場所での飲み物の供給やら、本当に大変だったと思います。が、ピリピリ感がただよわず、やわらかーいムードはさすがBeijoのみなさん。楽しみながら、軽やかに力を注ぐ、その伝統は引き継がれてきてるなあと思ったら、ジーンとしてしまいました。

ちっちゃい頃から来ていた子たちがおっきくなって、今のちっちゃい子たちを見てあげたりするその様が、なんとも愛おしかったり、過去のキャンプで出会って家族になったカップルのジュニアがきてたり、いろんな意味で感慨深く、長いこと関わらせてもらってることに、あらためて感謝。

ビオダンサは、今回は午前中しょっぱなに、アイス・ブレイク的な短めのクラスを。久しぶりなのもあって、最初はどうかなあと思っていましたが、音楽が鳴って動き出すと、みんなの中の、なんでもいいから、一緒に弾みたいという衝動がスパークしていって、うれしかったです☆彡

(内田佳子さんのFB/2022.06.27.より、許可をいただいて転載しました。)

2022/6/16

自分もお産を体験してみたかったかも…(ダイスケ)

セクシュアリティの授業をしていると、ああ、自分もお産を体験してみたかったなあ、と思うことがあります。

いや正直を言うと、若いときの自分は、お産なんて、そんな命がけの極限体験をする勇気がないと思っていました。それが、性教育を職業としていろいろ勉強しているうちに、神秘的というか、この奇跡のような体験を一度はやってみたいと思うようになりました。

胎児の頭が骨盤にうまく入るようにと腰を振ったり、明かりを落とした部屋で何かにしがみついて声を絞り出したり、児頭が膣口から出たところで止まっているのに手を当ててみたり…。

お産だけではありません。生理もそう。

排卵のときに卵巣から卵子が飛び出すのを感じる人がいるんだと聞けば、へー、自分だったらそんなことを感じる力があるのかな、と思い。布ナプキンを使うと自分の生理の血を「ゴミ」じゃなくて「からだからのメッセージ」と感じるようになると聞けば、よし、やってみたいものだ、と思い…。

ずいぶんと無駄に、不可能なファンタジーを描いたりしてきました。

そんな年月を重ねるうちに、いつか50歳を過ぎ、今年はなんと61歳。どんな女性もこの歳になったらお産も生理も無理だよなあ、自分の人生では叶わない夢だったなあ、と思います。

そういう思いを、授業の中で冗談ともつかず、本気ともつかず話すことがありますが、高校生や大学生から言われます。「でもさ、先生だってやっぱ嫌だと思うよ。本当に生理が来るようになったら」と。

自分には訪れようもなかった生理を毎月体験して、ときには命がけで赤ちゃんを産む人たちがいます。きっとたいへんなんだろうな。不安や痛みもあるだろうし、それを体験しない人と比べたら、どんなにか影響を受けるんだろうな。

でも、その人たちがそれをやっておいてくれるから、人類はこれまで存続してきたし、これからもそのことは変わらないんだろうと思います。

だったら、生理やお産を体験しない側としては、できるだけの負担を負うようにしないといけないんじゃないでしょうか。お産や子育ての経済的・時間的・機会的コストを社会が負担するのはもちろん、生理用品だって無料であるのが当たり前なんじゃないでしょうか。

せめて、人類が存続していく仕組みについて、誰も彼もが知っていないといけないんじゃないでしょうか。 (FBより転載)

2020/12/28

2020年を振り返って

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2020年がたいへんな年だったことは間違いありません。2月の、コロナがまだそれほどでもなかったときにひどい風邪をひき、しかもひきはじめのときに98歳の叔母をホームに見舞いにいってうつしてしまい、かなり心配をしたりもしました。でも、私はこの一年、「注意」はしても「不安」は拒否することに努めたつもりでした。

1980年代の後半にエイズ予防の仕事に取り組みながら、自分自身がエイズ恐怖症に心を捕われて、ずいぶんともったいない時間を過ごしてしまったという思いがあるからです。

ブラジルのファヴェーラで、結構な時間をかけてエイズのもたらすメッセージの真髄に出会いました。「人生は決して先延ばしにしてはいけない。いつ終わってしまうかなんて誰も知らないんだから」というメッセージに、30代の前半で出会ったことは人生最大のプレゼントだったかもしれません。

♪いま〜、この世に命を受け〜

わらーう、泣く、歌う

一度だけの人生〜

だって〜、必ず終わってしまうから

私だけが生きる、私の

私だけの人生♪ (”É a vida”のメロディで)

そんな替え歌を作って、ことあるごとに口ずさんできました。去年も、何回かこれを心に歌いました。おかげで「2020年も、何も先延ばしにしないで、結構充実していたなあ」って思える気がします。CRIにとっては、モンチアズールへの緊急支援の活動が始まり、ブラジルの仲間とも頻繁に連絡をとる充実した年となりました。

ネットで気軽にブラジルやヨーロッパと繋がれるようになって、時差も気にせず入ってくる国際会議やミーティングに出まくりです。充実し過ぎで、ちょっと過労気味。ときどき思うんです。2月に風邪引いてたときは世界も止まっていてよかったなあ、って。コラ! 不謹慎、と自分をたしなめているところです。